中道往還


山梨県は、人口ひとりあたりの寿司屋の数が日本一です。 2015年の国勢調査では、人口10万人あたり30.3店舗。 全国平均では20店以下です。ちなみに2位は石川県、3位は東京都です。

山梨県は海の無い県であるのに、ちょっと不思議です。 このデータは、いかに山梨県の人にとって寿司が貴重なごちそうだったのかを示していると思います。 海で取れた海産物を腐らせることなく、内陸のどこまで運べるかを示す限界を魚尻線と呼びますが、山梨県は新鮮な魚を届けることができる魚尻線の中にあります。 しかし、魚は生もの、どこからどうやって魚を運んだのでしょう。

いくつかルートがあるようですが、その中の最短距離のルートが中道往還(なかみちおうかん)です。 沼津近くの吉原というところから、甲府までをほぼ直線で結ぶこのルートの難関は、3年前に精進湖畔から三方分山に行く途中登った阿難坂と今回登ったの迦葉坂の2か所です。この吉原から甲府までの間は、80kmほどありますが、夕方静岡で取れた魚が12時間後の翌朝には甲府に届いていたということです。

今回はこの迦葉坂の古道を歩いてきました。 現在はほとんど道が消失しているルートです。

出発は中道往還の宿場町、右左口宿(うばぐちやど)です。

右左口宿の街道には常夜灯や道祖神が多く残っています。

友人とぞろぞろと歩いていると、右左口宿のボランティアガイドの方が出てきてくれました。 いろいろと見どころの説明をしていただきました。

山の中の魚の道を示す石碑も出てきました。

右左口宿は徳川家康も滞在されたほど注目されていた交通の要衝。 徳川家康は特に北条氏の襲撃を恐れていたようで、この監視役として右左口の人々を使い、この重要な役目に感謝し朱印状、そして火縄銃や右左口人形を送ったようで、その倉も残されていました。 また敬泉寺の屋根には葵の御紋がありました。

迦葉坂に入って本格的な登山道となりますが、道はほとんどありません。 場所によっては道のようになっているところもありますが、特に登り口近辺は、ほぼ藪漕ぎとなります。

右左口トンネルの真上を通るルートです。 街道沿いには30体以上の馬頭観音像や千手観音像があります。

馬の水飲み場もありました。

街道沿いは馬が歩けるように石畳になっていたり、石積みがまだ残っているところもあります。

この街道で昔運ばれたであろう煮鮑(にがい)もいただきました。 ありがとうございました。

 


JA1CTV
山岳登山の道

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